日本商工会議所による中小企業を対象とした調査によれば、2024年度に「賃上げを実施予定」とする企業は6割を超えています。なかには人材の確保・採用、物価上昇への対応を理由として「業績の改善がみられないが賃上げを実施予定(防衛的な賃上げ)」とする回答も含まれています。
昨年度に続いて賃上げムードが続いているため、人手不足に直面する企業は、原材料費等のコスト負担増が収益を圧迫する中で、背伸びをしてでもこの流れに乗らざるを得ません。
日本商工会議所・東京商工会議所
「中小企業の人手不足、賃金・最低賃金に関する調査」の集計結果について
https://www.jcci.or.jp/research/2024/0214110000.html
以前のRIMONOレターでもご案内いたしましたが、本号では、基本給に加えて支給される諸手当について「支給要件や内容が長期間改定されていない」、「対象外の社員にも支給が続けられている」などの合理性を欠く部分を見直し、賃上げと組み合わせてその弾力性を引き出す視点をご説明させていただきます。
勤続年数や扶養家族の人数で賃金を決めていた時代から高度成長期の終身雇用に即した年功序列型賃金、その後のバブル崩壊による経済低迷を機に強行された成果主義の時代を経て、様々な種類の諸手当が導入されてきました。
基本給を補完する固定残業手当、精勤手当や皆勤手当、職務を通じた業績貢献の対価である役職手当、営業手当や夜勤・早朝手当、生計維持を考慮した通勤手当、家族手当や住宅手当などが混在する状況において、不合理な待遇差を是正するため非正規雇用の社員等にも一部の手当が支給されるなど、諸手当の制度や施策は流動化しています。
御社での諸手当について、本来どのような目的で支給している手当なのか、社員が納得している支給内容であるのか、基本給に対してバランスのとれた処遇を実現できているのか、専門誌の調査による上場企業を中心とした傾向や顧問先様からの相談事例を踏まえて、優先的に見直したい手当を取りあげます。
参考:労政時報「諸手当の支給実態」2024年2月24日
https://www.rosei.jp/readers/article/86627
【お伝えする内容】
2. 役職手当
3. 家族手当、通勤手当
4. 住宅手当
1. 固定残業手当
固定残業手当とは、一定時間の時間外・休日・深夜労働に対する割増賃金を毎月定額で支払う制度で、基本給や役職手当、営業手当に割増賃金分を組み込んで支給する方法や別個の固定残業手当を支給する方法が行われています。
求人募集にあたって基本給以外に固定残業手当の支給を提示すれば、底上げ効果によって給与水準が高いという印象を与えることがありますし、効率的に仕事をこなすことで残業せずとも割増賃金が支給されるという利点を訴求することもできます。
固定残業手当は法令にもとづく制度ではなく自由な設計が可能ですが、この制度に関連して未払い残業代の請求に関する判例が数多くあることから、就業規則や雇用契約書では時間外労働の区分や時間数に応じて割増賃金の金額を設定し、正確な実績を計算しなければなりません。
月単位の残業実績が固定残業手当を下回るときは全額を支給することになる反面、残業実績が上回るときには差額の支払いが必要となります。例えば時間外労働の実績は下回るものの休日労働の実績が上回る場合は、固定残業手当の全額と休日労働の割増賃金を支払います。
さらに固定残業手当が割増賃金の算定基礎に含まれることで、1 時間当たりの残業単価が上がってしまうという側面もあります。固定残業手当の時間や金額が実態に合致しているかどうかを確認したうえで、適宜見直すことが必要です。
2. 役職手当
役職手当は、管理職層が一定の組織を統括する職務に当たることへの対価として支給されるものです。部長職から課長職、係長職までの役職別に支給金額の傾斜が設けられますが、直近では課長職の役職手当を増額する傾向が見受けられます。
令和元年 | 令和2年 | 令和3年 | 令和4年 | 令和5年 | |
---|---|---|---|---|---|
部長 | 95,469円 | 93,789円 | 86,687円 | 87,470円 | 83,916円 |
課長 | 57,919円 | 59,881円 | 55,612円 | 60,098円 | 57,621円 |
係長 | 27,576円 | 28,576円 | 25,601円 | 25,597円 | 26,576円 |
課長 | 60.67 | 63.85 | 64.15 | 68.71 | 68.67 |
---|
データ:東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情」
https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/toukei/koyou/chingin/
顧問先様からの相談事例によれば、来る者拒まずに採用せざるを得ないような人手不足の状況や、多様な価値観を持つ人材とその働き方から成果を引き出さなければならない雇用関係において、管理職層の職務は複雑化しています。
とくに課長職はその上席にあたる部長職に比べても、日常的に部下の指導・育成をこなす役割を受け持つことから、無断欠勤、突然退職、メンタルヘルス不調、ハラスメント相談などの対応に直面せざるを得ません。職務の遂行度・貢献度の高さにおいて課長職に対する役職手当を手厚くするのは合理的であろうと思います。
役職手当は同一の役職であれば一律の支給額であることが多いのですが、年功序列型賃金の名残りから同一の役職であっても支給額が異なる場合があります。むしろ基本給のなかに年功序列の要素を落とし込むことで、役職手当の支給額を一律にする方法が適切かもしれません。
しかしながら、年功序列の要素を排除した役職手当を支給するために既存差額を基本給に組み入れると、賞与や退職金が増加する場合があります。そこで、調整給を支給することで、給与改定にあたって差額相殺する、段階的に減額するなどの対処のパターンが考えられます。
3. 家族手当、通勤手当
ご承知のとおり、家族手当については配偶者を対象とした支給を廃止・縮小し、子どもや介護が必要な扶養家族への支給を手厚くする動きが進んでいます。配偶者の就業(共働き)が増えているだけでなく、育児・介護をしている社員に対して企業単位でも両立支援の取組みが行われるようになりました。
もともと、配偶者の収入に応じて家族手当の支給を制限している例も多く、所得税法上の控除対象者に限定する、または健康保険の被扶養対象者に限定するなどの方法が知られています。こうした基準を超えないように配偶者の就業調整を行う傾向が見受けられるため、最低賃金の引上げとともに、政府の「年収の壁・支援強化パッケージ」による対応が図られています。
家族手当は、社員からの申告によって支給されています。婚姻関係の解消や扶養家族の異動など、御社の就業規則に定められた支給条件に則して適切な支給が行われているのかどうか、棚卸し形式の調査を実施することが、家族手当の再検討につながる場合があります。
令和5年東京都調査 876社のうち396社で支給(45.2%)
配偶者 | 10,914円 | ||
---|---|---|---|
子ども | 第一子 5,884円 | 第二子 5,191円 | 第三子 5,160円 |
データ:東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情」
https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/toukei/koyou/chingin/
家族手当と同様に社員からの申告によって支給されているのが通勤手当です。公共交通機関の定期券代等を定額支給する、実費精算する、支給限度額を設定する、マイカー通勤のガソリン代を定額支給するなど、通勤手当を支給する形態は色々です。
通勤手当についても就業規則に定められた支給条件に則して適切な支給が行われているのかどうか、社内調査をおすすめします。例えば、ランニングをしながら通勤している、子どもの保育園への送迎を兼ねてマイカー通勤しているなど、通勤の実態が申告内容と食い違っている、様々な実態が見えてくるかもしれません。
生計維持に関わる家族手当、通勤手当や住宅手当(次項)などについては、支給実態を踏まえたうえで、社員の期待に応えつつ納得感が得られているのか、支給決定に公平性や合理性が伴っているのかを検証するようおすすめいたします。
4. 住宅手当
住宅手当は、会社が社員の住居確保を支援し落ち着いた生活環境で仕事に集中してもらうために支給され、現物支給となる会社所有の社宅や社員寮への入居、個人契約の賃貸住宅や借上げ社宅の賃料補助、持ち家の取得費用(住宅ローンの返済を含む)などの形態があります。
社員にとっては、住宅手当が給与課税の対象となる場合であってもその経済的利益が大きい(=会社のコスト負担も同様に大きい)ため、家賃の市場水準、支給要件を更新しつつ、社員からの評価を得る施策運用が望ましいと言えます。
令和5年東京都調査 876社のうち308社で支給(35.2%)
扶養家族あり | 扶養家族なし | |
---|---|---|
一律支給 | 18,381円 | 15,723円 |
住宅の形態別支給 | 賃貸 25,667円 持家 21,880円 |
23,156円 18,563円 |
データ:東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情」
https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/toukei/koyou/chingin/
住宅手当は、一般的には扶養家族、住宅形態、居住地域によって決定されますが、長期間見直されない状態であれば手を付けづらい既得権となる一方で、公平感に欠けるなどの理由で社員からの評価は低下している場合があります。
支給期間に一定の制限を設定すること(例えば、通算10年以内など)、居住地域別に支給水準を区分すること、とくに賃貸住宅の家賃動向について定期的な情報収集を行い、住宅手当の必要十分な水準が維持できているかを確認することが基本です。
そのうえで、新規採用にあたって、遠隔地に居住する応募者に事業所の近隣地域への転居を条件として住宅手当を支給する、あるいは在宅勤務を希望する応募者には住宅手当の代替として在宅勤務手当を支給するなど、柔軟な制度の展開が可能と考えられます。
《ズバリ!実在賃金》
RIMONOでは北見式賃金研究所(名古屋市)との業務提携を通じて、中小企業の賃金を自己診断できる「ズバリ!実在賃金」のプロット図作成サービス(有償)を提供しています。
首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)の中小企業(従業員数300人未満)から収集した最新の賃金データのうえに、御社の賃金を重ねて表示することで、一目瞭然のプロット図を作成いたします。ご要望に応じて、都道府県別・業種別のプロット図仕様も作成できます。
当該のプロット図では、職層別・年齢別・勤続年数別の賃金について、その中央値(世間相場の賃金)を読み取ることができるので、パート従業員の賃金上昇を検討するツールとしてご活用いただけます。