職場のハラスメント対策のため、法令によって設置が義務付けられた「ハラスメント相談窓口」が、近年注目を浴びています。この窓口が、職場環境を害するハラスメントなどの問題行為だけでなく、勤務懈怠(けたい)、金銭不正、情報漏洩などの不正行為や悪質な業務横領など、刑事罰の対象となるような違法行為が通報される“内部通報窓口”を兼ねている場合もあります。
御社の就業規則には、会社や職場の規律・秩序を維持するための服務規律や遵守事項、懲戒(制裁)に関する規定が記載されているはずです。とくに懲戒処分については、その事由、種類および程度を定めておかなければならず(労基法89条9号)、就業規則の規定を根拠に適切な懲戒処分を下すことが求められます(労契法第15条)。
問題行為や不正行為が疑われる場合、事案調査から証拠整理、事実認定、処分決定までの対応を、慎重かつ速やかに進めなければなりません。しかしながら、必ずしも確立された対応手法がないため、弁護士など外部の専門家に支援を求めても多くの部分は社内で処理しなければならず、選任された担当者には時間的・心理的負担がかかることになります。
【想定事案】
営業担当者が前日に飲酒し、体内にアルコールが残っている状態で出社した。始業前のアルコール検査をごまかして営業車の出発準備等を行い、この行為に気付いた同僚が営業部長に通報した。営業部長が本人の状態を確認しアルコール検査をやり直させた結果、当日予定の自動車運転と客先訪問を中止させた。
懲戒処分の対象となる事由、種類および程度について妥当性のある判断を下すため、上記の想定事案における懲戒処分を念頭に、本号では事案把握、証拠整理、事実認定において担当者が押さえておくべき基本的な要点、懲戒処分の実態、後処理などをお伝えいたします。
【お伝えしたい内容】
1. 事案対応の流れ
1) 登場人物を整理する
問題行為や不正行為についての事案把握は、通報者、被疑者(以下では行為者と言います)、被害者、協力者(行為に加担した者)などを関係付け、事情聴取(以下ではヒアリングと言います)等で得られた情報や利害関係などを踏まえ、事案の全体像を把握することが肝要です。このときに、担当者が事案対応の目的をわきまえつつ、行為者を問い詰めて自白させるなどの個人的な予断を挟まないように留意します。
2) 職場の管理体制を確認する
会社や職場の管理体制が確立されていない等の事情があれば、問題行為や不正行為に対して厳格な対応を行う根拠が揺らいでしまいます。また、運用面で同様の行為を黙認・容認していたなどの慣行が見られる場合も同様です。上記の想定事案では、例えばアルコール検査機器の精度問題を理由に、独自の許容範囲が共有されていたことなどが考えられます。こうした場合には、懲戒処分と平行して管理体制の是正措置が必要になります。
3) 客観的な証拠を収集する
いきなり行為者に問いただすことは、悪手になりかねません。被害者や通報者のヒアリングによって事案の概要を把握できた段階で、速やかに裏付けとなる客観的な証拠を収集し、行為者の言い逃れに対抗する準備をすることが必要です。例えば、これまでのアルコール検査で不正が疑われる記録を抽出するなど、正常な業務の流れから逸脱した部分を探ると不正行為を推認できる可能性があります。
4) 行為者のヒアリングは抜き打ちで行う
行為者に言い逃れや虚偽(ウソ)の準備させないために、ヒアリングは抜き打ちで実施します。敢えて事前に収集できた証拠の詳細は開示せず、本人の問題行為や不正行為がなかったかどうかを聴取する流れが効果的と言えます。行為者に自白させることができれば、事実認定はひと息に前進します。
複数名での担当、ヒアリングの録音と議事録の作成は必須です。また、より重大な行為では、行為者による報復行為や証拠隠蔽を防ぐため、業務命令による自宅待機を命じたうえで社内外との連絡を禁止しなければならない場合があります。
5) 必要以上に第三者を巻き込まない
通報者や被害者などを対象にしたヒアリングは、プライバシーを保護した場所や時間を選んだ対面形式で実施します。ヒアリングの目的を説明し、虚偽申告を禁止します。同時に供述内容によって不利益な取り扱いは行わないと約して、事案把握への協力を求めます。守秘義務の厳守(とくにSNSへの投稿を禁止)について念押しすることも大切です。
上記の想定事案では、過去の客先訪問に同行した同僚や上司、あるいは取引先の関係者も営業担当者の酒気帯びに気付いたことがあったかもしれません。しかし、例えば取引先に確認するなど必要以上に第三者を巻込んで広範囲な調査を行えば、会社の信用度に影響するリスクが伴います。
2. 懲戒処分の実態
冒頭で述べたように、就業規則では懲戒処分の事由、種類および程度を定めなければなりません。懲戒の対象となる具体的事由を列挙し、「その他各号に準ずる行為があったとき」という包括条項を付け加えるのが一般的です。
懲戒の種類および程度はご既承のとおり、譴責、減給、出勤停止、降格、懲戒解雇のほか、自主退職を促す諭旨解雇(退職)があります。諭旨解雇は勧告により退職を求めるかたちの重責処分です。退職金制度がある場合、懲戒解雇では退職金が支給されない場合であっても、諭旨解雇では全額または一部支給される場合もあります。
就業規則に定められていない場合であっても、事実調査・認定の結果によって懲戒処分を下す前には、行為者に弁明の機会を与えるべきであると考えられています。とくに懲戒解雇のような重大な処分が裁判で争われるときなど、こうした手続きの妥当性が問われます。
問題行為・不正行為が常習的(頻度が多く長期間にわたる)で悪質さが認められる場合、あるいは金銭不正、情報漏洩などで会社に損害を与えた場合はより厳格な処分が下されます。同一社員が同様の事案で過去に懲戒処分を受けていれば、1段階以上の加重処分も行われています。
また、同一の事案に対して「譴責と出勤停止」、「減給と降格」など複数の処分を組み合わせる対応も珍しくはありません(ただし、二重処罰にはあたらない)。
参考資料 労政時報「懲戒制度の最新実態」 第4062号 2023年9月8日
3. 後処理について
1) 処分保留
ハラスメントなどの問題行為の場合、自分自身のプライバシーが傷つく、職場の人間関係が破綻するなどの展開を恐れ、被害者が会社による通報相談後の対応を必ずしも望まないことがあります。回り道になりますが、事案把握を一旦保留して、例えば職場環境に関するアンケートやセミナーなどを実施することで、問題行為を抽出できる場合があります。
2) 社内公表
事案把握、事実認定を慎重な姿勢で進めたにも関わらず社内に噂が広まってしまった、あるいは、再発防止のため毅然とした処分決定を周知させたい、といった状況があります。こうしたときは、行為者や被害者が特定されないように配慮したうえで、懲戒処分懲戒処分の事由、種類や人数について必要最小限の内容で社内公表を行います。とくにセクハラの場合は、プライバシー保護の観点から事前に被害者の同意を得ることが基本です。
3) 人事異動
部下による問題行為・不正行為について、その上長が管理監督の責任を問われてけん責の処分を受け、さらには人事交代が行われることがあります。懲戒処分の重さにかかわらず、従来の組織体制を立て直すため行為者を異動させる場合も同様です。また、懲戒処分が確定する一歩手前の水面下では、行為者から退職を申し出る場合もあると推測されます。
【社外相談窓口】
ハラスメント相談窓口には、問題行為や不正行為の通報だけではなく、職場での不平不満、人間関係の悩みなどの相談が持ち込まれることもあります。社内の窓口負担を緩和するためには、外部の専門機関と契約を結び、カウンセリングの有資格者による一次対応の受け皿を組み入れる方法もあります。
RIMONOではハラスメント相談窓口、なんでも相談窓口のサービスを仲介するとともに、顧問先様限定での事案対応サポートを提供しています。
一般社団法人ウエルフルジャパン「社外ハラスメント相談通報窓口」
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