昨年10月のリモノレターでは、ハラスメント行為は職場のルール違反であり、違反者にはペナルティを与える仕組みづくりが大切なことをお伝えしました。仮にグレーゾーンの事態だったとしても、被害を申告した社員ばかりではなく、同じ職場で働く社員のためにも職場環境の回復・維持に努めなければなりません。
リモノレター「パワハラの掴み方」2023.10.02
https://rimono.co.jp/2023/10/02/rimono_letter202309/
直近3年間の各種ハラスメント相談件数の調査結果によれば、パワーハラスメント(以下「パワハラ」)の相談件数が最も多いという状況に変化は見られず、メンバーシップ型のマネジメントがパワハラの土壌にもなりうるという論説を思い起こします。また、セクシャルハラスメント(以下「セクハラ」)が減少傾向を示している反面、カスタマーハラスメント(顧客等からの著しい迷惑行為、以下「カスハラ」)が増加しています。
厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査」の報告書 令和6年5月17日
https://www.mhlw.go.jp/content/11910000/001256086.pdf
職場でのパワハラ行為者は、他の意見に耳を貸さず自己主張が激しすぎる、ストレス感情を発散しているなどという見立てがありますが、一部の被害者側にも、欠勤・遅刻・早退などが多い、不注意なミスが多い、あるいは反抗的な言動が観察される場合もあります。社員の間でパワハラ行為が発生すれば、職場環境が損なわれ業務遂行に悪影響を及ぼす展開が懸念されます。
報道を見聞きするばかりではなく、ハラスメント問題を他人事だと思っている同僚がいる、パワハラになるのが怖くて後輩を指導しづらい、部下からハラスメントを匂わす反応が増えたなど、身の回りでも気づくことがあるかと思います。
本号では、上司と部下、先輩と後輩など、職場での関係性においてハラスメントを掴む視点についてご紹介いたします。また、前号「パワハラの掴み方」でお伝えできていなかったカスハラの対策について、取引先や顧客等との関係性において、会社と社員を守るための動きをまとめています。
【お伝えしたい内容】
1. グループ学習
人事労務の担当者だけではなく、管理職を含む全社員がハラスメントに関して正しい知識を持つためにハラスメント研修(集合研修、動画研修など)を実施し、誰もが当事者となってハラスメントを起こす・受ける可能性があるという認識を持ち、職場における言動や行為を制御させようとする取り組みが普及してきました。
こうしたハラスメント研修などの効果によって、明らかにハラスメントであるという言動や行為は少なくなりました。その反面、自分ではそんなつもりではなかったけれども相手の受け止め方は違うかもと思い悩んだり、ハラスメントとは言えないまでもグレーゾーンの行為に直面し当惑することがあります。
職場の上司と部下、先輩と後輩などが主体的に参加するグループ学習で、ハラスメント問題を学ぶべき段階にあるのではないかと思われます。個人的な意識の問題だけではなく、価値観のすれ違いや衝突によってもハラスメントが発生する限り、目の前にある現実の関係性を共有する機会を持つことが大切です。
正面から「あなたはハラスメントを体験したことがあるか」などとアンケート調査を実施するのではなく、社員の間で関係性の見極めを支援するカードゲームを利用する方法があります。予めカードに記載された行為が、明らかなハラスメントか、グレーゾーンなのか、回避行動の指針があるのか、参加者が話し合うゲームです。
職場で現に発生している内容のカードを引いたときは、個人攻撃にならないよう注意する必要がありますが、価値観の違いから意見が対立することがあっても、「このように考える人と一緒に仕事をしているのか」、「自分とは考え方が違うことがわかっても、どうしたら上手くやっていけるのか」などと気付くことができるはずです。
社会保険労務士PSRネットワーク「ワークハラスメント防止カード」
https://www.psrn.jp/tools/harassment_card.php
2. 意思疎通のルール
職場の上司と部下、先輩と後輩は、徒弟制度の師匠と弟子の関係ではありません。ハラスメント防止を企業に義務付ける法律(労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法および育児・介護休業法)と適合させ、価値観の違いを包み込んだうえで組織単位の仕事の成果を上げる必要があります。そのためには、職場での行動規範が大切になります。
職場での行動規範*は、望ましい行動・言動を言語化すること、意思疎通を工夫すること、相互牽制することが基本的な要素と云えます。企業理念や経営方針にもとづいた行動・言動を言語化して周知する、ルールに即して日常の業務活動における意思疎通を行う、ときにはルールから外れた行動・言動があれば相互牽制を利かすことで浸透します。
*行動規範の策定にあたっては、インターネットで公開されている、会社や職場のルールブックと名付けられた資料を参考にすると良いと思います。RIMONOでご支援できることがありましたらお問い合わせください。
中小企業では、ともすれば一定レベルの共通言語を理解する面子が揃う職場が少なく、この指とまれ! で集まった、各自の生い立ち・経歴などによって話す言語の違う人たちが業務活動を行います。その関係性はとても粗削りなものであり、意思疎通の掛け違いがハラスメントのグレーゾーンに及ぶ可能性があります。
グループ学習の結果によって話す言語や価値観の違いが明らかになったら、職場では自分の期待をこのように伝えよう、他の理解を得て力を合わせようという意思疎通のルールを作成します。こうあらねば、こうできればと、一方的な伝え方ではなく共通のルールを持って意思疎通を制御することが、ハラスメント防止の基本ではないでしょうか。
3. カスハラ対策マニュアル
商品やサービスの取引におけるカスハラは、要求内容の妥当性に関わらず、要求実現のための手段・態様が常軌を逸している行為と定義されていますが、要求内容とは無関係なまま抵抗できない他者に言いがかりをつける、理不尽な行為である場合もあります。ただし、拒絶が困難であることに乗じて行おうとする顧客や取引先は、当然ながら雇用関係にないため、就業規則に懲罰規程を定めて対応することができません。
厚生労働省は、告示文書や企業向けマニュアルの策定によって就業環境を保護するガイドラインを示していますが、パワハラやセクハラと同様に、企業に対してカスハラ防止を義務付ける法律の整備が待たれます。
厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」 2022年2月発行
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000915233.pdf
カスハラは、行為の実態においてパワハラ・セクハラと共通点が多いのですが、対策マニュアルとその実地訓練が有効と考えられています。カスハラをやり過ごして事態を収拾しようとする対応だけでは、他の顧客や取引先が当惑するばかりか、対応不足の企業に対する信頼感が損なわれることになります。また、SNS上で商品やサービスに対する不利益な情報が拡散されてしまう風評被害が発生する展開も予見できます。
他方で、カスハラによる従業員のメンタル不調、休職・退職、業務停滞などが企業にとって看過できない状況にあることは、従来から苦慮してきた現象でした。また、カスハラを放置すれば、従業員に対する安全配慮義務(労働契約法第5条)に違反し、従業員が損害を被った際は損害賠償責任(民法第415条)を負うことも知られています。
厚生労働省 情報サイト「明るい職場応援団」カスタマーハラスメント対策企業事例
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/customers-measures/
なお、昨年9月に、心理的負荷による精神障害の労災認定基準にカスハラが追加されたことは、記憶に新しいことでもあります。
直近では、東京都が独自のカスハラ防止条例を制定し、来年4月から施行することでカスハラ防止の嚆矢となる見込みで、経済規模の大きな首都圏で企業によるカスハラ防止に関する対応が進むことになりそうです。すでに不特定多数の人が利用する鉄道会社、小売りチェーン店などで独自のカスハラ対策方針を策定するとともに、従業員研修の実施、対策マニュアルの整備および報告相談体制の整備を推進する動きが出ています。
東京都産業労働局 TOKYOノーカスハラ支援ナビ
https://www.nocushara.metro.tokyo.lg.jp/