各都道府県での審議を経て、労働局により「令和7年度地域別最低賃金額」とその発効日が公表され、全国の最低賃金の加重平均は過去最高の水準である1,121円、引き上げ率は6.3%となりました。
現行 | 改定 | 発行日 | |
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東京 | 1,163円 | 1,226円 | 10月3日 |
神奈川 | 1,162円 | 1,225円 | 10月4日 |
埼玉 | 1,078円 | 1,141円 | 11月1日 |
厚生労働省「令和7年度地域別最低賃金の全国一覧」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/index.html
中央最低賃金審議会の公表資料によると、今回の改定は、消費者物価の上昇に対応し「最低賃金に近い水準の労働者の購買力を維持すること」、企業の賃金支払能力が改善し「中小企業を含めた賃上げの流れが続いていること」などが評価されたとされています。しかし、同時に注目すべき点は年金制度の改正が平行して進められていることです。
先頃、年金制度の機能強化を目的とした国民年金法等の一部を改正する法律が、前回の令和2(2020)年6月から5年を経て成立しました。少子高齢化の進展により社会保険料を負担する働き手の人口が減少し、このままでは将来の年金制度を維持することが難しくなるのは周知のとおりです。
今回の改正では、社会保険料の負担がない短時間労働者(パート・アルバイトなど)、高額報酬に対して負担割合が比較的低かった労働者、さらに在職老齢年金制度により年金を受給しながら働く高齢者について、それぞれの負担の見直しが行われました。多様な働き方や生き方の選択肢があるなかで、年金制度の負担をより公平に分かち合うことを大目的としています。
年金制度改正
- (1)被用者保険の適用拡大等
- (2)在職老齢年金制度の見直し
- (3)遺族年金制度の見直し
- (4)厚生年金保険等の標準報酬月額の上限の段階的引上げ
- (5)将来の基礎年金の給付水準の底上げ
- (6)私的年金制度の見直し
- (7)その他
厚生労働省「年金制度改正法が成立しました」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000147284_00017.html
社会保険未加入の短時間労働者(以下「パート従業員」といいます。)が現場の定型業務を担っている場合などには、最低賃金の引き上げに伴う「就業調整」が増加し、人手不足の問題がさらに深刻化する可能性があります。
本号では、最低賃金改定と各改正内容の施行時期を踏まえ、とりわけて企業が検討・準備しておくべき点についてお伝えいたします。
【お伝えしたい内容】
1. 社会保険の適用拡大
【現状確認】パート従業員の適用要件
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①従業員51人以上*の企業等
パート従業員の所定内賃金が月額8.8万円(年収106万円相当)以上で、週所定労働時間が20時間以上**であること。その雇用期間が2か月を超える見込みがあること(ただし、学生を除く)。
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②従業員50人以下*の企業等
パート従業員の週所定労働時間および月所定労働日数がフルタイム従業員の3/4以上あること。
*従業員数は、フルタイムの従業員数と、週所定労働時間及び月所定労働日数がフルタイムの4分の3以上の従業員数を合計する。直近12か月のうち6か月でこの基準を上回ると社会保険の適用対象となる。
**週所定労働時間が20時間に満たない場合でも、実労働時間(残業を含む)が2か月連続で週20時間以上となり、引き続き20時間以上見込まれる場合には、3か月目から社会保険に加入する。
今回の年金制度改正では、企業規模要件と賃金要件の撤廃によって、パート従業員が週20時間以上働けば社会保険に加入することになります。先ずは企業規模要件の撤廃が令和9(2027)年10月1日から段階的に施行されます。
また、令和8(2026)年10月1日から、社会保険に加入するパート従業員の保険料負担を軽減する特例措置が期間限定で導入されます。事業主が希望すれば、労使折半を超えて保険料を追加負担できる仕組みとなる予定です。詳細は後日発表の予定ですが、この措置には次項で述べる「就業調整」を抑制する狙いがあります。
さらに、パート従業員の社会保険加入拡大とは別に、令和11(2029)年10月1日からは個人事業所の適用業種も拡大されます。現在は対象となっていない個人経営の飲食サービス業など常時5人以上の従業員を使用する全業種の事業所が適用対象となります。ただし、経過措置として、施行時点で既に存在している事業所は除外となります。
厚生労働省 社会保険適用拡大サイト
https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/
2. 「就業調整」の解消プロセス
最低賃金額に近い水準の賃金で働く短時間労働者は、会社員・公務員の配偶者として第3号被保険者(被扶養者)であるケースが多く、一定以上の収入になると社会保険料負担などにより手取り収入が減少することを理由に、意図的に「就業調整」(勤務時間や日数を調整して年収を一定の範囲内に抑えることを指す)を行っているとされています。
厚生労働省 「令和3年パートタイム・有期雇用労働者総合実態調査の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/170-1/2021/dl/2_02.pdf
例えば現場の定型業務でシフト制を採用している場合、名目上はヘッドカウント(員数)が揃っていても、パート従業員が混在していると一人当たりの就業時間・日数にバラつきが生じます。これにより、勤務シフトの作成・変更が複雑化したり、シフト超過のしわ寄せで年末の繁忙期に「就業調整」を行う必要が生じたり、シフトの穴埋めを担当する従業員に残業超過が発生するなどの問題が起こることがあります。
最低賃金額の上昇が続くと、「就業調整」の傾向はさらに強まることが予想されます。パート従業員を対象に改定後の最低賃金に達するまで賃上げを行う場合、一段の「就業調整」を受け入れるか、あるいはその影響で業務が回らなければ増員採用を検討せざるを得ないことになります。「就業調整」を解消する際は、業務および要員計画の策定、社会保険加入に関するパート従業員の意向確認と合意形成、雇用契約の変更という手続きを踏む必要があります。
こうした手続きは煩雑になることが予想されるため、パート従業員のなかでも勤務成績が良好でありその離職を防ぎたい、家庭環境が安定している、業務内容や責任範囲の変更にも柔軟であるなど、会社が「就業調整」を乗り越えて欲しいと評価できる優秀な人材を選定する方が合理的と考えられます。
選定した対象者については各人の個別事情を踏まえ、就業時間・日数を延長して賃金を増加させる、就業時間・日数の延長は限定的にとどめ一定水準の賃上げを組み合わせる、あるいはフルタイムの正社員に転換するなどのパターンを選択適用することで、社会保険料負担などによる手取り収入の減少を回避し、従業員との合意形成を図ることになります。
3. 「年収の壁」対策の拡充
【現状確認】社会保険料に関わる「年収の壁」
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①「106 万円の壁」
従業員51人以上の企業等でパート従業員の年収が106万円以上である場合、健康保険・厚生年金保険への加入義務が発生するため、加入に伴う保険料負担の回避を意図してパート従業員が「就業調整」を行うこと。保険料は加入者と事業者の折半負担となる。
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②「130万円の壁」
従業員50人以下の企業等でパート従業員の年収が130万円以上である場合、国民健康保険・国民年金保険への加入義務が発生するため、加入に伴う保険料負担の回避を意図してパート従業員が「就業調整」を行うこと。保険料は加入者の全額負担となる。
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③キャリアアップ助成金「社会保険適用時処遇改善コース」
「年収の壁」を解消するため、令和5年10月から「106万円の壁」に対応する施策として、雇用保険を財源とするキャリアアップ助成金に「社会保険適用時処遇改善コース」が設定されました。このコースでは、「就業調整」を乗り越え社会保険の適用対象となる短時間労働者の手取り収入が減らないよう、賃上げや労働時間延長などの処遇改善を行った事業主を支援する仕組みになっています。
今年に入り、「130 万円の壁」に関しても政府与党で解消を求める議論が高まりました。これを受けて、現行の「社会保険適用時処遇改善コース」の要件や助成額が見直され、令和7年7月から「短時間労働者労働時間延長支援コース」が新たに設定されました。「130万円の壁」は、「106万円の壁」に比べ、パート従業員の保険料負担や小規模企業の賃金負担が大きくなることが考慮されています。
「短時間労働者労働時間延長支援コース」と「社会保険適用時処遇改善コース」を比較した違いは、以下のとおりです。
- (1)労働時間延長について、現行の「週所定労働時間4時間以上延長」の要件を「週5時間以上」または「4時間以上+ 5%以上の賃上げ」に拡充。
- (2)1人あたりの助成額を中小企業:40万円、小規模企業(従業員数30人以下):50万円に設定。
- (3)2年目のさらなる労働時間延長にも追加助成を行い、1人あたり最大75万円まで支給。
現行の「社会保険適用時処遇改善コース」は令和7年度(2025 年)末で終了します。「短時間労働者労働時間延長支援コース」が並行実施される期間中は、パート従業員の希望を踏まえて、事業主がどちらかのコースを選択することが可能です。
なお、「短時間労働者労働時間延長支援コース」の支給を受けるには、対象となるパート従業員を社会保険に加入させる必要があります。そのため、未適用の事業所では社会保険の任意適用を行ったうえで、適用事業所として加入手続きを実施する必要があります。
厚生労働省 キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)
https://www.mhlw.go.jp/content/11910500/001181111.pdf
https://www.mhlw.go.jp/content/11910500/001510960.pdf