職場のパワーハラスメント(パワハラ)をテーマとしたバックナンバー「パワハラの掴み方」「パワハラの掴み方 (2)」では、パワハラの問題が必ずしもすべての要素*を満たすとは限らない“グレーゾーン”で発生すること、問題発生に際して一旦業務を止めたうえでの事実認定を行うプロセスが重要なこと、そして職場での意思疎通のあり方においてパワハラを捉える視点についてご案内しました。
リモノレター「パワハラの掴み方」2023.10.02
https://rimono.co.jp/2023/10/02/rimono_letter202309/
リモノレター「パワハラの掴み方 (2)」2024.12.10
https://rimono.co.jp/2024/12/10/rimono_letter202412/
*「職場のパワーハラスメント」の定義を満たす言動3要素
① 優越的な関係を背景としている
② 業務上必要かつ相当な範囲を越えている
③ 労働者の就業環境が害されている
近年、事業や組織の複雑化・流動化が進むにつれ職場の人間関係における寛容さが次第に薄れてきて、パワハラを中心としたハラスメント問題は、今後も発生が続くと見込まれます。ハラスメント行為は職場のルール違反であり、違反者にはペナルティを与えるという基本の仕組みを周知し確立しておくことが必要です。
本号では、医学的知見を踏まえながら労災認定基準においてパワハラがどのように定められているかを理解すること、ストレスチェック制度を活用して職場環境の変化を把握し改善につなげること、さらに脳科学にもとづいて職場内の対立を和らげ信頼関係を築くために役立つ「SCARFモデル」をご紹介いたします。
【お伝えしたい内容】
1. 労災認定基準のパワハラ
厚生労働省は心理的負荷(ストレス)による精神障害の労災認定基準改正にあたって、パワハラの具体的な類型を明記し、パワハラによるストレスの程度を医学的知見を踏まえて格付け評価しています。パワハラ・セクハラ・大人の虐め(嫌がらせ)などの行為が発生した際、事実認定を行ううえで指針として役立つ内容です。
ハラスメントの受け止め方は、個人が日常生活や業務の中でストレスを感じているかどうか、何を強くあるいは弱く感じるのかに関係しています。これは一定の範囲で個人の対応能力に依存する側面がありますが、パワハラの事実認定においては客観的な視点が必要という考え方が大切です。
ハラスメント行為は、とくに「反復・継続など執拗性」を伴う場合に心理的負荷が強くなるとされます。また、ハラスメント行為は行為者や被害者だけでなく、グレーゾーンを含めた行為を見聞きする周囲の人にもストレスを与え、職場環境の維持に影響を及ぼす可能性があることも十分に考えられます。
心理的負荷による精神障害の労災認定基準「業務による心理的負荷評価表」(要約)
1)パワーハラスメントを受けたときの心理的負荷を評価する視点
- ・ 指導・叱責等に至る経緯や状況
- ・ 身体的・精神的攻撃の内容や程度、職務関係
- ・ 執拗性(反復・継続)
- ・ 就業環境への影響
- ・ 会社の対応・改善状況
2)心理的負荷を三段階の強度に格付け評価
■「強」と判断される具体例
- ①身体的攻撃
- ・治療を要する暴行
- ・執拗性(反復・継続)のある暴行
- ②精神的攻撃
- ・業務請負目的を逸脱した人格否定や叱責
- ・無視や排除
- ・業務の過大・過少要求
- ・プライバシーの侵害
- ③その他
- ・ハラスメントに対する会社対応がなく改善されない
- ・性的指向・性自認への攻撃
【出典】厚生労働省「心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました」令和5年9月1日
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_34888.html
2. ストレスチェックでわかること
厚生労働省が推奨するストレスチェックの80項目版では、従業員個人のストレス状況(心理的負荷の程度)の項目に加えて、仕事・報酬・職場および会社をどのように思っているかを評価する項目(23項目)が含まれています。実際にストレスチェックの質問票を確認することをおすすめしますが、「職場で自分がいじめにあっている(セクハラ、パワハラを含む)」という直接的な質問があることもわかります。
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厚生労働省による職業性ストレス簡易調査票(80項目版)より抜粋
- G.あなたの働いている会社や組織についてうかがいます。
- 69. 経営層からの情報は信頼できる
- 70. 職場や仕事で変化があるときには、従業員の意見が聞かれている
- 71. 一人ひとりの価値観を大事にしてくれる職場だ
- 72. 人事評価の結果について十分な説明がなされている
- 73. 職場では、(正規、非正規、アルバイトなど)いろいろな立場の人が職場の一員として尊重されている
- 74. 意欲を引き出したり、キャリアに役立つ教育が行われている
- 75. 仕事のことを考えているため自分の生活を充実させられない
- 76. 仕事でエネルギーをもらうことで、自分の生活がさらに充実している
- H.あなたのお仕事の状況や成果についてうかがいます。
- 77. 職場で自分がいじめにあっている (セクハラ、パワハラを含む)
- 78. 私たちの職場では、お互いに理解し認め合っている
- 79. 仕事をしていると、活力がみなぎるように感じる
- 80. 自分の仕事に誇りを感じる
(各質問の回答肢は、そうだ/まあそうだ/ややちがう/ちがう の4段階)
【出典】厚生労働省版ストレスチェック実施プログラム
https://stresscheck.mhlw.go.jp/
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ストレスチェックによって抽出された高ストレス者がハラスメントを受けている場合の適切なケアについては、多くの情報が公開されています。一方で、高ストレス者自身がパワハラやセクハラの行為者となる可能性に着目し、ハラスメントが生じやすい職場環境を解析する領域については、依然として科学的根拠のさらなる蓄積が望まれます。
この意味において、以下の報告書は考察の起点となります。パワハラが起きやすい職場の特徴について職務性質・組織構造・組織文化(風土)・評価制度・人材育成の区分でパワハラにつながる要素を分解した調査結果を示しています。
リクルートワークス研究所「職場のハラスメントを解析する」2020年8月
https://www.works-i.com/surveys/item/harassment_2020.pdf
3. SCARFモデルの知識
職場内では、自分の指示に従わない、意見が噛み合わない、勝手に行動するといった部下や後輩に直面したとき、その場しのぎで曖昧にして丸く収めようとすることもできます。しかし、同様の出来事が繰り返されることで、上司や先輩によるダメ出しを超えたパワハラ行為が引き出されてしまう展開もあります。
部下や後輩が持つ個人の資質ではなく、脳科学にもとづいて人間の欲求を分析した「SCARFモデル」を適用し、彼らが指示に従わない理由を捉え直すという方法があります。端的に言えば、厳しい自然環境で集団による狩猟や農業を行いながら生き延びてきたヒトの脳は、Reward(報酬)=「集団から認められること」やThreat(脅威)=「集団から排除されること」を本能的に感じて反応するため、脳内のReward(報酬)を増やしてThreat(脅威)を減らすことにより、ヒトの行動に影響を与えることができるという考えです。
ハラスメント行為を防ぐために人間関係の経験則や他人を操るようなテクニックに頼るよりも、自分や相手がどのような要因でReward(報酬)やThreat(脅威)を感じて反応するのかを理解することは、職場で直面するさまざまな状況を整理するうえで自然に受け入れやすい考え方です。
■ Status(立場、地位)
他者との比較により、自分が価値ある存在として認められているかを意識する。
立場が守られていると感じればReward(報酬)、脅かされていると感じればThreat(脅威)の状態になり、前者では協調的な行動が生まれやすくなる。
■ Certainty(確実性)
ヒトの脳は経験にもとづいて将来を予測する。見通しが立ち安心できるとReward(報酬)、不明確で不安を感じるとThreat(脅威)の状態になる。
■ Autonomy(自律性)
自分で選び決められる感覚が重要。自律性が保たれるとReward(報酬)、制限されるとThreat(脅威)の状態となり、後者では抵抗が生じやすくなる。
■ Relatedness(関係性)
集団への帰属意識や安心感が影響する。必要とされていると感じればReward(報酬)、無視や排除を感じればThreat(脅威)の状態となり、信頼関係が弱まることで消極的な行動が生まれる。
■ Fairness(公平性)
評価や扱いが公正だと感じられるかが重要。平等に扱われていると感じるとReward(報酬)、不公平だと感じるとThreat(脅威)の状態になる。
【原著】「最高の脳で働く方法 Your Brain at Work」 デイビッド・ロック著、矢島 麻里子訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン(2019/05発売)
【参考】KPMG Insight vol.36 May 2019「従業員エンゲージメント~脳科学視点からの活用効果と今後の展望」
【参考】BizHint「従わない部下を導く「SCARFモデル」で変革する新時代のマネジメント」
https://bizhint.jp/document/1330342