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賃上げの流れは続く

賃上げの流れは続く

最低賃金制度とは、最低賃金法にもとづき国が賃金の最低額を定めることで、企業はその規模を問わず最低賃金額以上の賃金を従業員に支払わなければならないとする制度です。たとえ企業と従業員が最低賃金額より低い賃金に合意しても法律によって無効とされ、50万円以下の罰金が定められています。

報道発表のとおり、中央最低賃金審議会は2024年度最低賃金額の目安を時給1,054円としました。この目安にもとづいて地方審議会が地域の実情に応じた最低賃金額を検討し、都道府県の労働局長が決定します。すでに東京都の最低賃金額は10月から1,163円にすべきとの答申が行われています。

西東京地域で検討されている最低賃金
最低賃金額 引き上げ額 引き上げ率
東京都 1,163円 +50円 4.49%
神奈川県 1,162円 +50円 4.50%
埼玉県 1,078円 +50円 4.86%

例外が許されない最低賃金の引き上げが続くと、賃金の支払い能力が限られた中小企業への影響が懸念されます。しかし、昨年度から大企業のみならず中小企業でも賃上げの動きが拡大しているように、物価高の影響で実質賃金はマイナスが続いているため、従業員が生計を立てていく上での賃上げは切実な問題です。

厚生労働省「令和6年度地域別最低賃金額改定の目安について」令和6年7月25日
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_41785.html

他方で、昨今の人手不足を背景として、企業は人材獲得のための賃金についても見直さざるを得ません。その結果として新規・補充採用者と在籍者の賃金水準が幅寄せされてしまう、あるいはバランスを崩してしまうような場合には、在籍者のモチベーションを維持するための対応措置が必要となります。

本号では、こうした視点において考慮しておきたい要素をご案内いたします。

【お伝えしたい内容】

1. 統計データの活用

新規・補充採用の賃金が求人情報などで周知される状況において、在籍者が賃金の均等・均衡について納得感をもって受け止められるか、モチベーションを傷つけることはないか等を考慮しなければなりません。例えば、現場を支えるパート従業員のチームが、10円単位の間隔で設定された時間給で仕事にあたっていることも珍しくはないはずです。

企業規模に関わらず、感覚的な判断や業界・地域団体などからの情報に頼るのではなく、より母数の大きな公的機関の統計データを利用して自社の賃金水準を検証するようおすすめいたします。そのうえで賃上げを実施するのであれば、もちろん必要な原資を試算し、支払い能力を確認しなければなりません。

東京都労働相談情報センター「中小企業の賃金事情(令和5年版)」
https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/toukei/koyou/chingin/r5/

東京商工会議所・日本商工会議所「中小企業の賃金改定に関する調査」2024年6月5日
https://www.tokyo-cci.or.jp/page.jsp?id=1203144

実際に支払われる賃金を「名目賃金」と呼ぶのに対して、名目賃金を購入可能な商品やサービスの消費者物価指数で割ることで算出する「実質賃金」があります。全国の実質賃金指数が、厚生労働省の毎月勤労統計調査で公表されています。

厚生労働省「毎月勤労統計調査 令和6年6月分結果速報」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r06/2406p/dl/pdf2406p.pdf

直近の調査結果によれば、実質賃金指数も回復傾向を示していますが、実質賃金の目減りを補償しなければならないところに、賃上げのボトムラインがあるはずです。統計データにもとづいた賃上げについては、このボトムラインを意識しつつ、現場を支えるパート従業員や将来的に中核となるはずの若年層の正社員に対して、限られた原資を振り向けることなどが全社的な納得感につながるのではないでしょうか。

なお、賃上げの実施にあたって、御社が既に賃金制度を構築・運用されている場合や、成長分野の事業において積極的に新規採用を増やしている場合には、各々独自の枠組みで賃上げを検討することになると思います。

2. 年功賃金の是正

人手不足を背景に、幅広い業種の企業が20代・30代の若年層を対象とした中途採用を実施しています。応募数を増加させて応募者の質を上げるため、中途採用の賃金や福利厚生拡充の費用は上昇傾向にあります。年収ベースで見ると、前職と比べて入社時の賃金が1割以上増えることが一般的になっている調査結果も見受けられます。

株式会社マイナビ「中途採用・転職活動の定点調査(2024年1月-3月)」
https://www.mynavi.jp/news/2024/05/post_43450.html

就業経験を持つ人材として活躍が期待できるとはいえ、中途採用者には一定の受入教育(研修)が必要です。企業独自の価値観やコミュニケーション、顧客関係、取引慣行、業務システムなどを習得させるため、在籍者が自社に対する信頼や貢献意欲をもって指導役を担い、配属先の職場で円滑な受入教育を実施して定着させなければなりません。

基本給の構成要素(職能給、資格給、管理職層であれば役割給など)に関わらず、濃淡の差はあっても年功賃金が背景になっている場合、中途採用の賃金上昇に対して在籍者の賃金カーブを変更することは容易ではなく、やむを得ず諸手当や調整給の支給によって対処することがあります。

原資となる人件費は、将来的に会社を支える若年層の採用・定着のために振り向けたい、中核である基幹職に賃金の均等・均衡について納得感をもって仕事をさせたい、との方針であれば、客観的に見て転職による流動性が低い50代・60代の高年齢層については賃上げを抑制して原資を配分することが合理的です。

高年齢層の能力や成績が賃金に見合わない状態であるにも関わらず、その年功賃金が放置されていることがあります。年功賃金の是正は、賃上げを抑制するだけでなく、昇給上限の年齢を設定して賞与査定を割引く措置もあります。定年までの永年勤続に対する報奨については、退職金(退職一時金)や企業年金の積み増し分で支払うことで補完する対応が考えられます。

3. 業績連動型賞与

業績連動型賞与については、既にご承知かもしれません。賞与支給額の一部または全体を業績に連動させて決める制度で、その指標としては営業利益(全社または事業別)を採用することが一般的です。上場企業では6割以上が採用しているという調査結果があります。

労政時報 4054号「基本給の昇降給ルールと賞与制度の最新実態」 2023年4月14日
https://www.rosei.jp/readers/article/84718

従来型の基本給に紐づけられた賞与はいずれにしても固定支給部分が大きく、成績評価による変動部分が小さくなってしまう傾向があります。従業員にとっては、賞与支給額が安定し収入の見通しが立てやすいメリットがありますが、企業にとっては業績が低下している局面でも賞与支給のための資金繰りを工面しなければなりません。

しかしながら、最低賃金の引き上げや人材獲得のための賃上げが続く流れでは、事業運営を支える基幹職層・管理職層に対して、営業利益などの明確な指標をもって目標達成による業績連動型賞与の変動部分を大きくし、業績向上に貢献した度合いに応じて処遇する仕組みづくりが有用かもしれません。

経営計画の目標や年度予算の達成に応じて業績連動型賞与の変動部分を大きくする場合は、基幹職層・管理職層に目標達成への意識付けを図ると同時に、変動部分を決定する客観的な指標を示して納得を得ておかなければなりません。この意味において目標管理制度あるいは業績目標制度と組み合わせて導入する場合が多いと思われます。

リモノレター「働き方改革後の人事評価について」2023年4月25日
https://rimono.co.jp/2023/04/25/rimono_letter2023042/

なお、決算賞与とは、企業の利益計上が見通せる場合に従業員に分配金として支給する賞与のことです。決算作業において賞与支給額や社会保険料を未払い計上し損金算入できるため、節税効果があります(ただし、事業年度終了日の翌日から1か月以内に決算賞与を支給することが条件です)。一般的に決算賞与の支給金額は大きくはなく、業績連動型賞与とは意味合いが異なります。

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