残業を前提としない働き方

中小企業が直面する働き手不足の解決にあたって、多様な人材が柔軟な働き方で活躍できるような体制をつくることが現実的な選択肢です。職場全体が毎日同じ時間・毎週同じ曜日に出勤している、長時間の時間外労働や休日労働を前提として業務にあたっているなど、これまで当然とされてきた旧来の価値観を切り替えなければなりません。

ハローワーク・人材サービス会社・業界団体などを通して、事業拠点を置く地域でどのような人材が仕事を探しているかについて実態を調査すると、新卒や第二新卒を除いても、現在の仕事を辞めて他の仕事に変わりたい(転職)、別の仕事も並行して行いたい(副業・兼業)、前職を辞めて時間が経つが復帰したいなど、多様な就労意欲をもった働き手が潜在しているはずです。

たとえ働く意欲や能力が高くても、将来のキャリア形成を意識して正規雇用には拘らず、家庭環境、健康状態、資産状況などの理由によって、個別の事情と折り合いがつく仕事を求めている人材がいることは想像できます。そうであれば、待遇が比較的に良くても残業を前提とするフルタイム勤務の採用情報には、なかなか応募が集まりません。

仕事に対する姿勢が各々違う人材を受入れて活躍させるために、とくに定型業務については、短時間勤務、週休三日、フレックスタイム、テレワークなどの新しい制度を適用することで働き方の柔軟性を実現すること、働き手が途中交代しても円滑な引継ぎが行われ、個人的な裁量・錯誤・遺漏に振り回されず、不合理な残業が発生しない状況を目指すことなどが必要です。

会社が柔軟かつ残業を前提としない働き方の実現を推進するうえで、働き手が自分一人で何とかしようというストレスを抱えたり、自分の思い込みで周囲に仕事の進め方を強要したり、逆に誰かが何とかしてくれるだろうと依存したりする場合は、長く続けられるとは思えません。以下では、働き手不足解決のために中小企業が取り組みたい定型業務についての施策をご案内いたします。

【お伝えしたい内容】

1. 作業単位で分解する

働き手不足と定型業務について、経営者がざっくりと感覚的な判断を下す、社内のチームに丸投げし検討させる、管理部門の財務数値のみで施策を繰り出すなどでは、解決策が引き出せないことがあります。既知のように、業務を作業単位で分解する、工数を測定する、標準的な手順を見直す、という愚直な方法が課題解決につながります。

例えば小規模な賃貸オフィスで毎日実施される解錠業務は、

  (1) セキュリティシステムを解除する
  (2) 出入口のドアを解錠する
  (3) 照明を点灯する
  (4) ブラインド・カーテンを開ける
  (5) エアコンを作動させる
  (6) チェックシートを記入する

というような作業に分解できるとします。当日最初に出勤した社員が業務を実施するとして、投下人数は1名、所要時間は10分と測定できる場合、月単位の工数は1人x10分x20営業日=200分です。

解錠業務は、前日の施錠業務によって照明やエアコンのスイッチが止められていたか、パソコンなどの待機電源が落とされていたかなどを見回り・確認する目的を兼ねているのですが、セキュリティシステムの操作ログで施錠・解錠を記録し、前日の施錠業務に不備が見つかった場合は朝礼等で報告共有をすることで、チェックシートを廃止できると気が付きました。チェックシートの廃止によって月単位の工数を1人x3分x20営業日=60分削減できます。

さらに、定型業務を最小の作業単位で分解する、工数を測定する、標準的な手順を見直すという方法を積み重ねれば、工数削減の総和は大きくなります。業務活動全体で働き手が途中交代しても円滑な引継ぎが行われ、個人的な裁量・錯誤・遺漏に振り回されず、不合理な残業が発生しない状況を目指します。

具体的な手順としては、職場ごとの定型業務を表計算シートに分類・展開したうえで、最小の作業単位で分解し、投下人数と所要時間(計測が望ましい)を可視化させます。前後の工程が関連した業務、季節的な要因で変動する業務、納期や業績に与える影響が大きな業務などが整理分類され、合理的且つ標準的な手順で業務を完遂しようとする流れが起こってくるはずです。

チェンジ・マネジャー

職場の定型業務において一旦決定された標準的な手順が実施されていく内に、業務遂行の実態の変化、入退社による欠員の発生、現場でより良い方法が考案・実践されているなどの変化が生じてきます。こうした展開に暫く標準的な手順が追いついていないと、生産性や品質基準が崩れてしまい、職場が再び独自に動き始め、残業が増加するような状況が予見されます。

したがって、各職場にチェンジ・マネジャー*を設置し、当初は6か月毎、その後は1年毎に、1か月程度のモニタリング月間を設定します。投下人数と所要時間を再度可視化する、標準的な手順が機能しているか観察する、新たな課題を抽出するなど、優先順位を見極めて作業単位での改良を重ねる取り組みが必要になります。

*例えば「業務改善リーダー」など、御社に馴染みやすい職名で構いません。

モニタリング月間の結果を全社報告会の開催で共有することで、部門や職場を横断した解決策が見いだせることがあります。ときには管理職層も含めた従業員の中から、個人の思い込みによって合理性から外れた抵抗を受けることかもしれません。この意味において、投下人数と所要時間を可視化・精緻化し、検討議論の客観性を担保することは大切です。

現実問題として、働き手が途中交代するときには、同じ工程であるいは前後の工程での引継ぎがうまくいくかが課題になることもあります。合理的且つ標準的な手順を確立することで、定型業務の分野では、働き手不足に対応し多様な人材を受入れて活用するため、分かりやすく柔軟且つ残業を前提としない働き方の実現を推進する方向を目指します。

なお、業務活動全体を見渡すと、定型業務に対して非定型業務と区別される企画・開発・システムなどにあっては、基幹人材の裁量によって戦略的な判断を研ぎ澄まし、優先順位を付けて重点的な投資を行うべき業務があります。この分野では、働き手不足と業務運営の課題に足元を削られてはならず、一旦本号では除外して考えています。

デジタル・ツール + 生成AI技術

以前ご案内したように、クラウド型のデジタル・ツールによって情報・通信の速度や業務の効率性を確保することが可能であり、新規導入したデジタル・ツールに合わせて業務の仕組みや運営方法を変更することが、むしろ適切な場合もあります。

(例)業種を問わず汎用性の高いデジタル・ツール

  1) ビジネスチャット(テーマ、メンバーごとの非同期型コミュニケーション*)
  2) カレンダー(日程・勤怠)+ ワークフロー(申請・承認・報告)
  3) 業務管理アプリ(顧客情報、案件進捗、工数履歴など)
  4) マニュアル作成ツール + トレーニング
  5) オンラインストレージ(文書・資料のペーパーレス化)

*個々のメンバーが都合の良いタイミングで情報の共有・返信を行うこと。

リモノレター「働き方のバランス・ケア」2023.07.10
https://rimono.co.jp/2023/07/10/rimono_letter20230710/

昨年からビジネスでの活用拡大を目指し、生成AI技術を組み合わせたデジタルツールの提供が始まりました。技術開発の動きについては様々知っていたものの、いよいよ手元の端末で使用すると、AI技術が短時間で膨大なデータを処理する能力に対しては、人間ワザでは如何にしても敵わないことがよく分かります。

AI技術は、分析型AI技術からビジネスでの活用が始まったことは周知のとおりです。特定の業務分野で大量のデータを収集・解析し、法則性を抽出して未来を予測する、業務計画を最適化するシステムです。人間がデータ分析を行うときは、経験や感覚を頼りつつ同じような情報にたどり着くかもしれませんが、AI技術の処理速度は比較にならないほど早いことが想像できます。

株式会社大塚商会
https://www.otsuka-shokai.co.jp/products/lp/ai-iot/ai-analyze/

分析型AI技術に対して、生成AI技術は自然な会話による質問応答(自然言語処理)を通じて業務を処理できる汎用性があるため、定型業務の支援を中心に(おそらく非定型業務の周辺で行われる資料作成などの一部分も)業務の効率化と精度向上が飛躍的に進歩することは間違いだろうと思われます。

株式会社リコー
https://promo.digital.ricoh.com/ai/use_cases/

現時点で実務的に有望株とみられるのは、企業に蓄積された社内情報や外部の最新情報を検索し、リアルタイムで回答を抽出する生成AI技術を組み合わせたツール(RAG、検索拡張生成)と言えるのではないでしょうか。既に電話、メールあるいは会議の席上で顧客や社員からの問い合わせや質問に対して、模範回答や支援情報が手元の端末に表示される仕組みが提供されています。

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